持ちネタ「魚屋のおっさんがビッグフットだったら」で本戦に挑むも、会場の反応は冷たかった。「カツラかと思ったらな、剥がされたシェルパの頭皮やったんや」「なわけあるかい!」ツッコミのテンポも勢いも完璧なはずだが、客席からの反応は皆無。あまりの緊張のためか耳鳴りが起き視界が回り、現実感が失われていく。「ヒマラヤよりも会場のほうがさぶいわ!」反応なし。自虐ネタで滑る最悪の展開。判断力を失っている自覚はあるが最早どうにもならない。耳鳴り。目眩。圧し潰された時間の中で溺れ、もがき続けているかのようだ。いつまで続くのかこの責苦は。
「いまはえらべる、ずっとはまたない。やりなおそう」「もうええわ!」どうも、ありがとうございましたー。客席からの控えめで乾いた拍手は「やっと解放された」という安堵の溜息にも聞こえる。「それでは点数を、どうぞー! 52点! 61点! …49点!」耕司兄さんも思わず声が上ずる、史上まれに見る低得点。あそこまで反応が悪かったら逆に高得点なんじゃ? という根拠のない望みも完全に絶たれた。「65点、60点……。!? ひゃ、100点!」おお、と客席から歓声があがる。…恵美子が。恵美子が⁉︎ 想定外方向からの評価だが、ただもうひたすらにありがたかった。総合得点ではもちろん最下位だったが、ここまで賛否両論なら話題性は十分。しっかり爪痕を遺せたのだ。
恵美子に感謝の視線を送る。くり抜かれた両の眼窩から黒い液体を垂れ流しつつ、にこにこと拍手する恵美子。会場のまばらな拍手に包まれなから、おれは恵美子を抱きしめたいとさえ思った。
『迷宮神話 はじけて!ザック』をkindle unlimitedで読む。紙の本ではけっこうなプレミアも付いている本作も読み放題というのは、なかなか得した気分になれる。元は「コミックボンボン」連載作ながら、あまりにもあんまりな内容からか連載当時は単行本化されず、のちに青年コミックとして刊行されたという曰く付きのスーパークレイジーバイオレンス漫画である。
本作のスゴさの1つは、そのエスカレートっぷりにある。連載初期は「ブラジルから嫁探しにやって来たエッチでケンカが強い小学生・ザックが大騒動を巻き起こしてた~いへん!」という学園ギャグである。
ほぼ性犯罪者
この手の漫画の主人公としては珍しく「めちゃくちゃ金持ち」という属性も持ち合わせており、まあまあ不快なクソガキだったザックだが、連載から数話を経て突如ボクシング漫画に転身。クールなライバルキャラ・氷石リョウが登場し、なんだかわからんけど必殺技っぽいパンチを打ったり打たれたりする熱血展開でした。
必殺・ケンタッキーのおっさんパンチ(?)
問題はここからである。氷石を打ち破り、タイマン張ったらダチ論法で仲間に加えたザック一行の前に現れるのが、本作最大のトラウマキャラである白川ユダである。ヘビのようなシルエットに焦点のあってない瞳、パッと見で明らかにヤバいとわかるキャラデザインは秀逸の極み。
傷はホッチキスで治療!
ペットの亀を握りつぶす!(生きてました)
腹に空いた穴は火で焼き潰す!
ウナギを生で食う!
ユダはどんな傷を受けても死なない不死身であり、かつ市長の息子なのでどんな罪を犯しても警察が隠蔽してくれるというチートキャラである(市長の権力すごい)。ユダの登場以降、作品の雰囲気は一気にデモーニッシュでバイオレンスな暗黒バトル漫画へと転身。ザックと氷川は暗黒地下プロレスタッグマッチ編でユダ、そして虎に育てられたという獣人・ヒドロと死闘を繰り広げることになる。この暗黒プロレス編で白川一家は悪魔帝王ドゲスの加護を受けていることが判明。命からがら勝利を手にしたザックたちだったが、物語は闇の力を持つドゲスの刺客を迎え撃つ異世界聖魔大戦編へとなだれ込むのであった。
デビルウイングで岩を砕きそうな姿となったザック
最後は人類戦士としての使命に目覚めて完
ボンボン連載作品の中でも怪作と呼ぶにふさわしい痛快まんがである。単行本化にあたって唐突な展開を補完するための加筆がなされたが、それでもなお唐突である。あと「迷宮神話」というサブタイトルが何を指しているのかはわからなかった(本作には迷宮は一切出てこない)。