漏洩まんが祭り

漫画・ゲーム・映画・怪奇の備忘録と虚無の日記

白い殺意/『粘膜探偵』飴村行

 「スキウレってザク要らないですよねえ」不用意な発言がもとで地元のコミュニテティを追われたジャッカル佐崎さんは、花の東京で三助の職を得、男女分け隔てなく背中を流す毎日を送っていた。普段は冴えない朴念仁、ヘチマを握れば目の色変えて、広い背中にマダムの柔肌、世俗の垢を擦りに擦り、艶肌つや肌玉の肌。佐崎さん、今日もひとつ頼むよ。へえ、ただいま。しかしあれだねえ、最初はへっぴり腰だったお前さんの垢擦りも、なかなかサマになってきたじゃないか。ありがとうございます、親分さんのおかげですよ。俺ァ何もしちゃいないよ、お前さんが成長したんだよ。へへ、しかしあれですよねえ、スキウレってザク要らないですよねえ。佐崎さんの手を振りほどいてすっくと立ち上り、こちらをじっと見つめる親分さんの瞳はまるでガラス玉のように鈍く輝いてました。

 


 

f:id:jackallsasaki:20180718001234j:plain

 飴村行『粘膜探偵』読了。ぶっちゃけた話、作者はとうの昔に「エログロナンセンス」という分かりやすい作風から脱却していて(『粘膜兄弟』の時点ですでに片鱗はあった)、「こんなグロ書いてどうかしてるよコイツ~!」の域から「こんな妄想世界作り上げてどうかしてるよコイツ~!」の文脈で語られるべき作家だと思うのだが、感想サイトなどを見てると未だに「エログロが無いから減点!www」みたいな評が見かけられて『粘膜人間』に囚われ過ぎじゃないですかね、という気分になる。おれはむろん『粘膜人間』は大好きだが、あれは映画で例えるなら『悪魔のいけにえ』や『悪魔のしたたり』みたいな奇跡の一作なので、ソレを求め続けるのはスパイス麻痺脳であろう。

 で、『粘膜探偵』。ぶっちゃけた話ぜんぜん「探偵」ではなく、裏表紙のあらすじに書かれているような「謎の保険金殺人」についての描写はかなり唐突に出てくるうえに20ページくらいで片が付いてしまい、推理している場面もまったくないので本格ミステリを期待すると肩透かしを食らう。ミステリ要素は『粘膜蜥蜴』のほうが圧倒的に濃ゆい。「あ、いかにも奇妙だなあ」と前半で感じた描写はすべて完璧なまでに伏線回収されるので、逆に驚きがないくらいである。魅力的なキャラクター・設定はいろいろ出てくるものの「あと100ページほど舞台をしっかり描いていてくれたら…」と思う場面は多い。トッケー隊の面々やトン吉といった連中とのエピソードをもう少し書いてくれないと、最終章の悲壮感が物足りない気がする。ついでに言っとくと、「ポン爺」なるいかにもイカレ枠として大暴れしてくれそうなキャラがまったく本編に出てこなかったのは許されざるよ。

 とまあ、小説として全体を眺めればずいぶんイビツな構造なのだが、世界観・雰囲気は抜群過ぎる。今までの『粘膜』シリーズで描かれてきた小道具や舞台はより濃密に存在感を増しているし、ラスト10ページの呆気にとられる展開は上記の不満点をひっくり返してくれるカタルシスの奔流だ。『粘膜』シリーズ第二シーズンの幕開けにふさわしい中編であり、今後のヒートアップに期待が持てすぎる内容でありましたよ。『粘膜戦士』読み返そうかな。